働くということへの考え方。HSPのひとり反省会
こんにちは。
老人ホームで管理栄養士として働いて16年目のkakatoです。
我ながらですが、HSPの性質がとても強いな~と思っています。
ラジオで聞いた話から思ったことを書こうと思います。
働き方、「働く」ということへの考え方は人それぞれ違う。
今日、ラジオでそのことを話していました。
楽して、暇して、生産性をあげず、さぼって楽しくやっていく人もいるし、生産性や、成長を求めて、いろいろなことに気づき、動き、クソ真面目に取り組む人もいる。
どちらが悪いとか、どちらがいい、とかではない。
自分の考えで「働く」ということをしてもよい時代、ということだった。
でも、真面目な投稿者さんは、苦しい思いをしていて、私と重なった。
投稿者さんは、パートいう立場であるけど、もっとこうしたらいいのに、もっとできるのに、と思っていた。色々気づける人なんでしょう。その分苦しい、というか。
立場がないことでさらに私よりきついんだろうな~と思った。(私は正規社員で、さらに肩書もそれなりにある。指示を出す側である。一応。)
でも、苦しいなら、やめるしかないんだろうね。それか、自分で自営するとかね。
真面目にやっている人が損する世の中ではよくない、とは思うけど、適当に楽してさぼっている人が悪いわけではない。そりゃ、真面目な人へ迷惑をかけたり、損害を与えていたりすれば、適当な人は悪いけど。(実際、いるだけで迷惑なんだけどね、真面目な人からすると。)
こういうこともわかって仕事をしているつもりだけれど、やっぱり苦しいときはやってくる。何年過ごしてもやっぱり苦しい。組織で働くってこと自体、私には合わないんだと思う。
年をとったら、少しは楽になるのかな??
と思ったけど、全然そんなことはなくて、つらくなるばかり。更年期も入って、適当な人への悪意をぶつけてしまい、自分が嫌いになってしまったり。
この対処をいかにするか、だけれど、「見て見ぬふり」というのが一番良いことなんだと思う。自分の役割はこなして、それ以外は気づいても、もっとこうすればいいのに、と思ってもやってあげない、見ない、関係ない、という目線を持つことなのなか~
ラジオでも、同じようなことを言っていて、わかるわかる!とひとりで相槌を打っていた。
今日は、さぼって、なにもしていない、なにもする気のない人への悪意が膨らんできて、イライラが募っていましたが、そのラジオの放送を思い出して少し自分の中の悪意をかわすことができました。
「この人はいつもそうやって働いているのが普通であり、頑張ろうもないし、人のためにやろうもない、自分がしたいことだけをしている人。」であって、私に損害を与えてこなければ、気にしないようにしよう。
結構ないきおいで損害がくるんだけどねw
仕事量が少ない人がこうなるわけではなく、こういう人だから色んなことを人任せにして楽しいことのみ残して、仕事を少なくしていったんだな、ということがわかりました。
ただ、私自身としては、自分はそういうことはしたくないから、自分の納得を優先させて仕事をしたいな、と思います。
HSPの人って真面目で、自分の納得よりも人のことを優先してしまうことが多いと思うんですが、たまには自分を先に立たせて、人のことはなにか怒るまで気づかないフリ、見て見ぬふりしてみませんか?
追伸
帰ってから、パートナーに
「仕事では見てみぬふりするように頑張る!見えてもやらない!」と宣言したら、
「それ、できないでしょう?そういう性分だし」と言われましたw
できないかもしれないけど、少しは努力して、見てみぬふりを習得していきたいな、と思います。